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脳は簡単に騙せるそうです。原稿を書く気にならないときは、立ち上がって、パソコンを立ち上げ、原稿を書く様子を思い浮かべるだけで、線条体とかいう部位が発火してやる気が出るそうです。そのとき、擬音を使い、パッと立ち上がって、サクサクと書いてと言うとさらに効果的なんだとか。お試しあれ~!
— 月刊公募ガイド@4月号特集「テクニックで君の文章はもっと輝く!」 (@kouboguide) 2017年7月11日
「もし良からぬことが起こったらどうする」はアドバイスでなく、呪いです。未来の良からぬことを指摘する人は、それが実際に起こることでしか、自分が正しいと証明できません。それはつまり、良からぬことが起こるよう、未来を呪う行為です。
— SHARP シャープ株式会社 (@SHARP_JP) 2017年4月3日
「技巧」は、機械的に身につけるものだ。創造的に身につけるものではない。効率的な方法で反復練習を続ければ、技巧は割合簡単に身に付く。そして、一定の描写力が身についてしまえば、書くことはおのずと楽しみになる。(小田嶋隆)出典:https://t.co/RqVIvsXApX
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年4月6日
ダメな文章を書く人は、文章が下手なのではなく、そもそも自分が何を伝えようとしているのか自分で理解できていない場合が多い。まず、どういったことを相手に伝えなければならないのかを把握しなければ、作業の前提が成立しない。(村上龍)出典:https://t.co/71ytavYVwL
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年4月9日
中上健次さんは小説で行き詰まると、必ず主人公を歩かせたという。歩かせると人は求めている場所に行き着く。その歩かせる場所がどこなんだってことが、実はテーマでもある。(北野武)出典:https://t.co/9Ym0AiverJ
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年4月21日
読者の予想を裏切るために、期待も一緒に裏切ってはいけない。
— 水上悟志 (@nekogaeru) 2017年4月28日
予想を裏切りながら期待に応えるのが最善手だが、
両立できないなら、予想通りでも期待に応える展開にした方が好手。
「よっ!待ってました!」ってなるからいいのだ。
すこぶる万全の体調でも書き出すのが億劫なら、思い切って既製品の文章の模写から始めてみるといい。文章の技を抜き取るばかりが文体模写の効果じゃない。お前の言語中枢を刺激して、柔軟に言葉を紡げるようにすることもできる。エンジンの温まったような感じがしたら、次は自分の言葉を書いてみろ。
— ノベルの書き方を考えるエミネムさんbot (@novelunkoman) 2017年5月4日
一言で言いまとめると、つまり、目的到達能力とは、「目的地に到達するための道筋のすべてを、自己にとって実現可能な細かなステップで微分してゆくこと」となる。
— 新木伸@剣ちゃん盾ちゃん①03.24 (@araki_shin) 2017年5月31日
主人公の「秘密の部分」や「人前では見せない顔」を描いてみてください。秘密の部分を覗くと、観客の気持ちは釘づけになります。「誰も知らない秘密を自分だけが知っている」と思うと、その人物がグッと身近に感じられます。(浅田直亮)出典:https://t.co/tUhqbnYFZA
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年2月14日
「質問」が思考の内容を決める。つまり、一定の思考パターンで凝り固まっているとしたら、それは自分にいつも同じ質問をしているということ。質問を変えれば、もっと実用的な答えが浮かんでくるかもしれない。(ドロシー・リーズ)出典:https://t.co/q4IaZdT8eo
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年2月13日
〔物語を書くときは〕自分とは別の「語り手」を想像して、その語り手に語らせるんです。自分のなかに、「語り手」というキャラクターを生み出すことができたとき、その人は、表現者になれる。(宮川健郎)出典:https://t.co/HUhCusWYC3
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年2月13日
靴の中の小石のように痛い思いをさせて、主人公を駆り立てるものを「ゴースト」と呼ぶ。映画「チャイナタウン」の探偵ギテスは、ある女性を守りきれなかった過去がある。この悔しい過ちが、彼のゴーストだ。(エイカーズ)出典:https://t.co/XsBit0VKXU
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年2月13日
私は短篇でも長篇でも、お尻の何行かがわかってないと書けないんです。変な話、ラストの何行かのストックが、数本あるんです。タイトルとラストの何行かは決まってて、真ん中が何にもなくて、空っぽ。(宮部みゆき)https://t.co/gnyE8DGjk1
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年2月13日
rt<これは漫画に限らず絵や文章もそんな気が。
— 川上稔 (@kawakamiminoru) 2017年2月12日
速い人は速いから量を生産出来るのではなく、量を生産する事で自分の中に「ベストなパターン」を研鑽+構築し、更に量を重ねることでそのパターンを多岐多量に獲得していきます。
後は多岐が一冊分を超えたとき、高速で一冊が生産出来るようになる。
ただ、他人から見ていると、その研鑽と獲得のプロセスを経ていないため「速い」「密度が高い」とか、見えるようになる。
— 川上稔 (@kawakamiminoru) 2017年2月12日
別に本人からすると速くもなく、密度も高くないけど、他人から見たらそうなるくらいのことをそこまでで積んでいるから、そうなる感。
自分はこれを「究極の手癖」と呼んでます。
“車輪になれ。くるくる回れ。執着しろ。しっかり執着すれば、車輪から降り、執着を手放すことができる。執着することを恐れるな。もっと猛烈にやれ。そうすれば、執着を手放すことができる。”
— ラポールと身体知 (@rapportet) 2017年2月12日
(アーノルド・ミンデル『24時間の明晰夢』)https://t.co/8GswSy9uqL
小説だと「彼女はショックを受けた」と書けちゃうのだけど、漫画やアニメだとこれではダメで「うつむいた彼女の拳が震えている」とか「リサリサ先生煙草が逆だぜ」とかの演技に落とし込む必要がある。小説畑だった自分が漫画原作やアニメ脚本を始めて習ったことです。
— 海法 紀光 (@nk12) 2017年2月12日
「書く」ということは、じつは「見る」ということなんです。いろんなものや、いろんな人を見ているから、ああ、あれを書きたいと思うわけです。そういう目がなければ書きたいことがないことになります。(北村薫)出典:https://t.co/ISc9y3Oy20
— ストーリーの書き方 (@kakuniha) 2017年2月12日
変化
どうやれば人は変わるのだろう。環境で人は変わるとよく言われる。
とらドラを最終話まで見た。親友と同じ人を好きになった。好きになった人が自分のことを好きじゃない。好きだけど、自分が結ばれると、彼女は不幸になる。罪悪感。いつのまにか好きになってた。好きって? 一人で生きれる。誰にも頼ることなく。
報われないことだってある。報われなかったあの子はその後も生きていく。
主人公二人より、報わなかった二人に心惹かれた。
川島亜美と櫛枝実乃梨。
大人びて一歩引いたところで全部わかっているようなふりしているけれど、本気はなかなか出せなくて逃げてばかり。
子どもと大人の違いってなんだ。
関係性の変化が怖い。そんなのいつになったって怖い。変化は物語を生む。関係性の変化は休日の生活や日常を環境ごと変える。
いつも隣にいたはずのあいつがいない。
その人にとって大切なものは違う。
誰かが自分を見ているとわかっていれば生きていける。
自分にとってたった一人その人だけいればいいと思う人。
それを見つけられることができれば、とても幸せだと思う。
きっと運命だと思う、その確信と決断がなにより運命だ。
そう思った。その気持ちが変わらないと願った。
すべてはその感情が発端だ。
とらドラ
とらドラ14話まで見た。
おもしろいのは、その人物の知らなかった一面が見えた時。自分が思っていたものと、本当は違っていた。いつも元気なあの子が……、優しそうなあの子が……、可愛いあの子が、みんなそれぞれみんなが知らない一面を持っている。
そういう一面が少しずつ見えてくるところにおもしろさがある。
小説とか物語は、いかに登場人物同士が衝突する状況を作るかにかかっているかもしれない。衝突し仲違いし仲直りする。
キングコングも見た。
刀のシーンが格好いい。長い時を経て帰ってくるとか、古代生物とか、古代遺跡とか、違う文明とか、長い時間かけて作った手作り合体船とか、ガスマスクヒーローとか、工夫を凝らしててかなりおもしろかった。
最初考えてた印象と全然違った。リアリティをちゃんと出してた。
読書/アニメ/映画/マンガ
ここはインプットしたものをアウトプットする場所にしたい!
あまりにインプットが少なすぎるのでは問題!
最近見たアニメ
- ゆるキャン△
- 宇宙よりも遠い場所
- とらドラ 8話まで
- バディコンプレックス
- 一週間フレンズ
アニメは見とる。青春ものを見たいと思っている。なぜだろうか。
一週間フレンズは設定の勝利! 喪失感はせつなさを持ってくる。
楽しい思い出も一週間経ったら消えちゃう!
頑張って作った関係性もリセット!
これはループものと同じ系列だな。一週間をループしているようでしていない。
好きな人が自分のことを好きじゃないっていうのは常に作品のテーマになるな。
主人公が成就したとしても、脇役は常にこの視点を持ってる。
持たざるものと、持っているもの。
せつなさは、失われること叶わないことによって生まれる。
自分の中の言葉を増やすためにも同じ本を繰り返し読みたいなぁ。
381 20分
Teleport 桜前線
孤独を愛するフリーターは、サブカル女子が夢みるファンタジー世界で生きることを夢みてる。70年代にトリップして昭和高度経済成長セックスに勤しむ間、栗本薫が生み出したグインサーガと耽美に浸る。ヴィジュアル系バンドを派遣社員の代わりに派遣して、奇抜な衣装とルックスで平凡な日常に死をもたらす。カネをたくさん持っていると、愛の告白代わりに叫ぶと、「わたしは不治の病でもうすぐ死んじゃうかもしれないけれど愛してくれる?」と告白される。
ロックは自由だ! ならどんなことも許される。日常的な行動はロックじゃない。非日常がロックだ。尾崎豊の歌詞にインスパイアされている時点でロックじゃないと反発し、盗んだバイクで走り出した奴を遠距離からモデルガンで撃ち落とす。金属バットで割られた校舎の窓ガラスは綺麗に直して見せる。
ヤンキーの典型的ヤンキースタイルはこれまでのスタイルを踏襲している時点でロックじゃない。体毛をすべて沿って丸刈りにし、常に胸元にぶら下げた陶器の瓶から角砂糖を食べていくスタイル。そういうスタイルで校外をぶらついてイキっていたら、お寺からスカウトされ住職になる。寺で悟りを開いた気分になって、遂に上京。常磐線に乗って、終わらない日常の中へ飛び込んだ。
中東の戦争システムに意義を申し立てて、オイルマネーを俺にもよこせと叫び、戦争はよくないとシュプレヒコール。アジテートすることを生きがいにし、地方都市から革命を叫び、TWITTERで闘士を募る。
ジャン=フランソワ・リオタールが『ポストモダンとは大きな物語の終焉』と言った時から30数年いまだ僕らは共通目的を見つけることもなく、従順に同じであろうとし、個別に真逆で個性的であろうとする。
終わる平成を渋谷のスクランブル交差点から、京都の清水寺の舞台から、サッポロ雪祭りの雪像の中から眺めている。元号が代わり津波の記憶が風化しそうになる。すぐに大事なことをなんでもかんでも忘れようとする僕らは、いまだ何を忘れちゃいけなくて、何を繰り返してはいけないのかわかっていない。そして、僕はドルアーガの塔の頂上にいまだ辿りつけてない。
888 30分
空ラインまで
たまたまそうなったから、ここにいる。そういう時間経過のロジックに惑いながら、決断できないでいる。今、決める。後から決める。どっちが正しいかは後からしかわからない。決めることに意味があるのか無いのかもわからないけど、決めちゃった。
嘘をついている。たいていいつも、そうやって生きている。
生きる意味は誰かのためだ、って言う人もいる。意味なんて無いかもしれないけれど、何かとても美しい瞬間さえあれば生きていれてよかったと思える。
ほんとは俺はこうなのに。
そういう思い込みみたいな理想が、自分を封じ込める。
いらだちが理想と現実の距離感を余計に広げてる。
理想なんて架空な自分勝手の中で停滞し浮上できない。
現実は甘くない、なんて言葉コーヒーで飲下してる。
甘い、甘すぎるよ、なにもかも、どこまでも、歩いて走ってる。
いつまでも待っていてくれると思っている。
自分のことは自分にしかわからないから勝手にやってくれ。
きみのことは全部きみのものだし、
きみへのアドバイスなんて全部他人事だ。
色褪せて繰り返している日常が、なにも変わらないことに
ほっとしているような僕らは、停滞を望んでいる。
からっぽになっている器の中を満たすための努力をしているみたいだ。
器は硝子でできていて、向こうの世界が透けて見える。
必要としたいことは違うし、なりたいとしたいは違う。
目的と手段が入れ替わった時いつも最高になれる。目指していた場所よりも今やっていることが最高に楽しくなる、その瞬間のために今を生きてる。
この瞬間にすべてをつぎ込むにはどうすればいいんだろう。
次の瞬間塵と消えてもいいように。
全部をつぎ込むんだよ!
熱量と爽やかさは同時に保てないんだろうか。
涼やかな風が吹き緑の草原の下生えが揺れ青空が広がる。
トラックの荷台から遠くを見つめていると沈む太陽が見える。
季節が巡り、時が過ぎていく。
一年が過ぎ、旅を続ける。
世界を一周し同じ場所に戻ってくる。
なにもなかった草原には新たに街が出来ている。
また、川の向こうへ行く。
昔つけた足跡とか思い出しながら。
881 30分
セルマを聴きながら
5000文字書くのに、10万字読む必要があるというのがどこかに書かれていた。
そうなると俺は圧倒的に読んでいる時間が足りない。
三月のテーマは思考と考えるとはどういうことか?
一ヶ月ごとにテーマを設定し、そのことについて考え続けることにしたい。
俺は同じことを考え続けるとすぐに飽きて別のことをはじめてしまう。根気というのは、習慣の問題であると思うので習慣にしていきたい。
一日に一時間本を読むとする。一ページに700文字書かれているとして、100ページで七万字一時間で100ページを目標に本を読んでいきたい。特に難しい本に挑戦し、ここに情報を残していきたい。本を読んで読みっぱなしがとても多いから、昔読んだ本を読み直してもいいかもしれない。
毎回ブログの執筆時間も記録したい。文字数も同じく。毎回これって忘れてしまうけれど、大事だと思う。
しかし、文量を気にして内容が薄くなると意味が無いと思う。
書いているうちに全く関係ないことが浮かぶ。そもそも書いている時に何を書くかという明確な案も無い。
ゲスの極み乙女のセルマを聴きながら書いている。この曲が好きで何度も何度も聞いている。このバンドはいろいろ騒がれたが、メロディラインが最高だ。
今日も 1人食卓で
滲む幸せ掴んで
並ぶ 2つのスプーンに
涙を落とす
使い込んだテーブルは
傾いたまま変わっていないよ
聞こえる?
よく買い込んでいた紅茶
今じゃ 2週間に 1回に減ったんだよ
やけに静かになったくらいさ
それ以外は変わらないはずだけど一緒に飲んだ缶ビールの味が思い出せないんだ
酔わない方だったのにな
おかしいな
おかしいよな一つ飛ばして
二つ飛ばして
三つ飛ばして
君はいなくなった
あと少し
もうあと少し
側で笑ってたかった
駅のホームの端が好きで
それ以外の場所は普通で
僕はそういう君が好きで
それ以外も好きだったけど一緒に飲んだ缶ビールの味が思い出せないんだ
酔わない方だったのにな
おかしいな
おかしいよな
一緒に飲んだ缶ビールの味が思い出せないんだ
一緒に歌ったあの歌は全部口ずさめるのに一緒に飲んだ缶ビールの味が思い出せないんだ
酔わない方だったのにな
おかしいな
おかしいよな
一緒に飲んだ缶ビールの味が思い出せないんだ
一緒に歌ったあの歌は全部口ずさめるのに
一緒に飲んだ缶ビールの味が思い出せないんだ
酔わない方だったのにな
おかしいな
おかしいよな
この部分のせつなさが素晴らしい。喪失感があるのか、寂しさがあるのか、缶ビールを飲んでるシーンが思い浮かぶ。夜の街を意味もなく駆け回るような。
音楽について語るってすごく難しい。
音楽のよさは直感が判断する。言語化しようとしてこなかった。音楽に関しては自分がいいと思ったもの悪いと思ったものを自信を持って断言できる。文章や物語に関してはまだ断言ができない。なぜだろう?
音楽の場合自分の好きなバンドがAmazonの感想欄で最悪、全然よくないと書かれていてもなにも気にならない。★の数も気にならない。
小説や漫画の場合気になる。音楽を聞くのと、小説を読む労力の違いが関係してるのかもしれない。★一つがたくさんついている本をわざわざ読みたくない。音楽なら★一つがたくさん着いているなら逆に聞いてみたいって思う。
音楽は直感で選べて自分の審美眼が作られている。
文章はまだ直感で選べない。良い悪いを他者の判断にゆだねている。自分で何がよいか悪いかを選んでいかなければならない。
1406 20分